てちてちブログ

心理系、福祉系の話題が多いです。少しでも皆様に役立つ情報を発信できればと思います。

「人生楽しんだもん勝ち!」が危険な理由3選

 現在、「人生100年時代」というフレーズが一般化しているように、一昔前と比べ、長い人生をどう過ごしていくかということがより問われていると思う。

 若いうちは身を粉にして働き、老後のために尽力しようという日本人の堅実な姿勢は今も昔も変わらない。

 

 そんな中で僕がよく耳にするフレーズとして、「人生は楽しんだもん勝ち!」というものがある。

 Twitterの他ユーザーがこのように呟いていたり、職場や学校などでたまに耳にしたりすることがあるが、個人的にはやや危険な考えなのではないかと考える。

 確かに1度しかない人生だし、楽しむことを目的として大なり小なり試行錯誤して生きていこうという考えは大いに賛同できる。

 しかしあくまで何に対してもそれを適用しようとする考えが、障壁をもたらすのではないかという疑念にかられたということである。

 その理由も含め3つの理由を挙げながら記事にしていけたらと思う。

 

 


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1.問題解決能力が低下する

 

 

生きていく中で、大なり小なり、あらゆる問題に直面するというのは言うまでもない。

もしかしたらこれを見ていただいている方の中でも、今その真っ只中であるという方もいるかもしれない。(自分もしばしばある。)

 

しかし、与えられた問題や課題と真摯に向き合い、それを解決しようと努力することにおけるメリットは多い。

 

 同じ繰り返しをしない。同じ苦しみを抱えている人の助けになれる。忍耐力がつく。などなどである。

 そのような力を身につけるチャンスであると言ってもいいくらいだ。

 

 しかし、「くよくよしてても仕方ない!楽しんだもん勝ちだから!」と、与えられた問題を全て放棄したらどうだろうか?

 

 同じ失敗を繰り返し、他人のアドバイスをすることができなければ、忍耐力もつかない。

 そして個人的に1番問題視しているのが、問題解決ができなくなるという点である。

 

 なんでも楽しんだ人が勝ちなんだから、問題を抱えてても仕方ないだろう。という安易な考えによって、問題解決能力がつかなくなってしまっていったら、やがて放棄しきれない問題に直面したときに、潰れてしまうリスクもあるだろう。

 自分の身を守るため、問題への免疫をつけるためにも、与えられた難題に真摯に向き合うことは大切である。


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2.人の悩みに向き合うことが下手になる

 

 人は多かれ少なかれ、悩みを抱えて生きているだろう。筆者もまたそうであるが、、。

 ときには友人や家族など、困難に直面したときは頼りにしたいと思うこともあるだろう。

「Aさんのことで悩んでて、最近元気出ないなぁ。」「どうしたら現状を変えられるかなぁ。」などなど。

 

 そんなときに、「人生楽しんだもん勝ちなんだから、気にしてても仕方ないよ!」と軽く流されてしまったら、相談者はどう思うだろうか?

「あいつは相談にのってくれないからダメだ。」と軽く流されるくらいなら、まだ相談者にとってましだ。

 

「そうだなぁ。悩んでいても仕方ないし、考えないようにしよう!」と、なんでも転換してしまうようになることが1番危険だ。

 

 確かにどうすることもできない場合もあるが、悩んでることには理由があるのだから、いずれまた同じような悩みが襲ってこないととも限らない。全く根本的な解決になっていないのである。

 そしてそのうち、「あの人に相談しても仕方ないよなぁ。」と思われてしまいかねない。

「楽しんだもん勝ち!」という考えを適用させるには、相談した相手側の状況をわきまえる必要があるだろう。

 


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3.自己中心的になりやすい

 

  これはかなり大きな死活問題である。他の人が苦しんでいるのを見て、「楽しむことが1番だよ!忘れちゃおうよ!」というアドバイスをすることが、確かに適切な場合もあるが、根本的な解決にならないため、ほとんど役に立たないというのは2で前述したとおりだ。

  悩みを親身になって聞くことができなくなるばかりか、段々そのように苦しむ人を心の中で批判してしまうようになりかねない。

  周りから評価されない現実を受け止めることは楽しくないだろう。なのでそう言った現実を打破するために、自分中心の考えになってしまいがちになるリスクもある。

 

 

 4.まとめ

 

 

 身の回りには、楽しむことが全てだから!という人がどこかにいるかもしれない。

 人の思想はあくまで自由であり、否定するつもりもない。ただ、リスクが裏にはらんでいるのではないかということをお伝えしたく、このような記事にさせていただいた。

 ときには辛いことや大変なこともあるが、それを受け止め真摯に向き合った先に幸せが待ってるのではないかと考えている。

 

 拙いブログではありましたが、ここまでご覧いただきありがとうございました(^o^)