てちてちブログ

心理系、福祉系の話題が多いです。少しでも皆様に役立つ情報を発信できればと思います。

自殺のデータに物申す!経済的問題や男女関係が原因ってそれ本当?

 

 随分久しぶりの投稿となってしまいました。皆様は、いかがお過ごしでしょうか。

 

 さて、当人は大学で精神疾患について学習する機会が多いのですが、ある日大学の教材のとあるページで、何気なく触れたグラフに非常に大きな疑問を持ってしまいました。普段は、グラフや表を見ても、なんとなく「あ、そういうデータがあるのか~」というような受け身の姿勢が主体で、特に気に留めないことが多いのですが、今回見たものに関しては「これ本当なの?」「根拠は何?」「このデータないほうがいいんじゃない?」というような様々なマイナスの疑問が浮かんできました。

 それは「自殺の原因のデータ」というものでした。

 見る人にとっては何の変哲もない一般的なデータのようにしか思えないかもしれませんが、正直僕としては、非常に良くないデータなのではないかと思います。

 僕がそう考える理由として、信ぴょう性に欠けるという点、自殺あるいは精神障害についての社会的理解が送れるという点などが挙げられます。

 まずそのデータの概要について見ていった上で、これらについて、具体的に記していけたらと思います。

 

 

 

 自殺の原因のデータの概要について

 さて、まずは僕が述べさせていただいているデータの概要についてです。

 次の図をご覧ください。

 

 

 授業中に見たものと、全く同じ図というわけではないのですが、内容としてはほぼ同じものです。こちらは「平成25年における自殺の状況について」です。やや古いデータですが、健康問題が自殺の要因として最も多い傾向は長期的に続いています。

 その次に、経済・生活問題、家庭問題、勤務問題の順に多いのではないかと考えられています。

 やはり何度見ても異議を唱えたくなってしまいますね。笑

 今この画像を貼り、文章を打ち込みつつもそのような気分になっております。

 

 早速このデータに異議を唱えていきたいと思います。


何故僕がこのデータを良くないと考えるのか

 信憑性に欠けるという点

 何と言っても、信憑性に欠けるのではないでしょうか。経済的に困窮している人や、人間関係に苦しんでいる人は、確かに追い込まれているとは言えます。

 しかし、どうでしょうか。全くそのような原因でその人が命を自ら落としたという根拠はないのではないでしょうか。
 経済的に苦しんでいる実態があるにせよ、男女関係で苦しんでいる実態があるにせよ、一生懸命生きている人は大勢いると思います。そのような理由であの人は死を選んだというのは、あくまで第三者の推測にすぎないのです。

 

 もっと言うと、「自分で死を選ばなくてはならない」という状態は、精神的に健康であるとは当然言えません。

 極めて自殺の危険性が高かったり、人を怪我させてしまうリスクがある(自傷他外の恐れがあると言います。)場合、日本では措置入院という制度があります。精神的に危険な病であるとみなし、命を守るために、本人の意志に反して強制的に入院させるという制度です。

 そう、つまり自分の命を害する危険があるという状態そのものが、精神に重篤な疾患を患っているということになるのです。

 

 このような背景から、「いや、無理矢理データにするのであれば健康問題が100%になるんじゃないの?」と個人的には考えてしまうのです。

 

 精神疾患の社会的理解が遅れる要因になる点

 

 精神疾患について学習している身としてみると、この図は危険なにおいがします。どこに危険なにおいがするのかと言いますと、根本的な原因を知られざる状態で話が終わってしまうリスクがあるということです。

 具体的に申しますと、「あの人は男女関係で死んでしまった。」「あの人は経済的な原因で死んでしまった。」というような勘違いをされてしまうということです。

 「死を選ばなけらればならない状況に追いやられている=精神的に重篤な疾患がある」というお話は前述させていただきましたが、勘違いを助長させるようなグラフによって、このような正しい認識から遠ざかってしまうのです。

 確かに死を選んだ引き金としては、「人間関係」「経済的問題」などということはあり得ますが、根本的な要因がそれであるとは言い難いんですよね。

 

 死を考えている人がいる→重篤な精神疾患のリスクがある→専門的な支援が必要

という思考に至ってほしいところではあるのですが、そこから遠ざけてしまう恐れがあるということです。

 

 苦しむ人が増える危険性がある点

 このデータを見ることで、苦しむ人が出てくる人がいるということを、果たしてどれくらい考えて作られているんだろうという疑問が僕の中にあります。

 自殺を選んでしまった人の親族や友達は、「自分のせいでこうなってしまった。」

「自分が支えられていたら、こうはならなかったのではないか。」というような自責の念に一生苦しむことになりかねないのです。

 ただでさえ自責の念で苦しんでいるはずなのに、このあたかも正しい事実であるかのようなデータを参照することで、余計に拍車をかけてしまうことになりかねないのです。

 事実であると言い切れるなら話は別なのですが、そうとも言い切れないだけに、なんだか釈然としないなと当人は感じています。

 

 

 まとめ 

 精神疾患を患っている人は、年々増加しています。これは社会の変化がそうさせているのか、病気の人が表出してきているだけなのか、定かではありませんが、社会の在り方が問われてきていることは確かです。

 もし、周りに「死にたい。」というようなことをよく口にするという人がいたら、早急に手を打たなければなりません。

 精神科医療を利用するのもありですし、自殺相談センターにコールするのもありですし、保健所に相談するのもありです。

 「自分が支えなければならない」と考えるのではなく、「専門的な支援が必要だ」と見切りをつけ、早めに機関に繋ぐのも重要な判断だと思います。

 

 また過去の教訓から学ぶことも、同じだと個人的には思っています。「自分が支えられなかった」ではなく、「適切に専門職に繋げられなかった」と考えるべきなのです。

 もちろん自分で死を選ぶ状況を減らすことが一番ですし、最優先事項ではあります。そのためには、他者の精神疾患への理解が不可欠なのではないかと個人的には考えています。

 興味を引き付けるために過度に不安をあおったり、事実かどうか定かでないようなデータを用いるのではなく、事実に基づいた正しいデータを共有できる世の中になったらいいなと個人的には思いました。

 

 

 拙いブログではありましたが、ここまでご覧いただきありがとうございました(^^)/